[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
先週、先生が講話の中で引用されていた
宮沢賢治の著作、「農民芸術概論」を読みました。
一部引用します。
「芸術の回復は労働における悦びの回復でなければならぬ
労働は本能である 労働は苦痛ではない
労働は常に創造である 創造は常に享楽である
人間を犠牲にして生産に仕ふるとき苦痛となる」
私には 理解できない部分も多かったのですが
真実を射抜いた表現というのは わかろうとわからまいと 強く伝わってくるものだと思います。
そして、美しくてあたたかい。
今日は、敗戦後、玉音放送での有名な一節や、
森田先生直筆の掛け軸などを題材に、院長先生の心温まる講話が展開されていました。
【 MEMO 】
・ 自分にだまされる。
・ 事実を曲げてみてしまう恐れがある。
・ 心に注文をつけ、もっとよりよい心の状態を目指す。そのところに、いやな状態がますます目につき、
病感が増大していく、といったことがおこる。
・ 病感を相手どれば、ますます大きくなる。
・ 神経質の人は、別の自分になろうとする熱心な努力があった。
・ 感情を知的に調整しようとしていた=考え
・ 治し方、治す方法は一切教えていない。
・ いつも外のこと(周囲、世間、学校)から割り出して、とりあえずはじめ、動いていく。
あとにはひかない。前進あるのみ。
・ あるがままを理解し、つかんだら脱線。
【 黒板MEMO 】
「namas(南無) amitaba」
【 掛け軸 】
「苦痛を苦痛し 喜悦を喜悦す 之を苦楽超然といふ
昭和二年七月 森田形外」