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月面に人間が降り立つまで 人は月の裏側をみることができなかった。
月の裏側は 絶対にわからない裏側。
神経症の人間が、こころ、自分を知ろうとしても それは絶対にわからない。月の裏側のようなものである。
と、前院長は表現されたそうです。
今日の講話の冒頭で「ボールのうけわたしがないコミュニケーションがある」と
院長先生がおっしゃておられましたが、そういった相互理解の図り方、
表現に対する徹底した親切が、前述のような 絶妙な表現を
生み出すのであろうな、ということを今日の講話の中で感じました。
【 MEMO 】
・ この自分のこういうとこを治そう。その時点で考えに置き換わっている。
・ 治し方が悪いのではない。
・ こうなんだといわない。
・ 自分が自分を知ることがない。だから わからない。だから きめられない。
・ 人生論的人生を歩んではいけない。
・ 治った際には 自分に対するよしあしがない。
・ 比べない。となると 日々是好日。
・ 比べたいという感情がなくならないから難しいと思われる。だから、ことばにしない、に徹するのがよい。
・ 人間の、一番早く変わるものは意識
・ 意味づけがあればやりやすい。しかし、意味づけは本来いらない。
・ 「どうしましょう」←自分にとってどうしよう。そこに答えを出してはならない。
・ こう考えないといけない、ではみなさんに痛手を負わすことになる。
・ 決してものさしを使ってはならん。
・ 標準がない。
・ 心の問題には筋を通してはならない。
【 黒板MEMO 】
・ 即非の論理 (鈴木大拙)
A≠A 故に A≠A
三聖病院では、週3回の講話のあいの日、月・木・土曜に
院長先生の美術スライド講座があります。
仏教美術から西洋・東洋美術にいたるまで、時代は縄文のころからと
幅広い美術作品に、院長先生の知識深く、味わい豊かな解説とともに
お目にかかることができます。
今日は、その講座に関連した話題から始まり、観ることの徹底についてお話がありました。
【 MEMO 】
・ スライドの解説は、調子を合わせるだけのもの。
・ ただ見るばかり
・ 見ること、と説明をきくこと。別の話が同居している。
・ 私の話を通じて、絵を見てもらっては困る。
・ 横から意味づけられる。なくもがな(=ないほうがまし。)
・ 心の問題はお互いに感ずることの徹底
・ 話の成り行きに興味を示し、感ずることの徹底を忘れてしまう。
・ 解決にのりだしてしまう。
・ 意味づけによる見たものの喪失
・ 目は外のことを見るけれど、目は目自身を見ることがない。
【 黒板MEMO 】
・ 無限に多様
・ 観照
鑑賞
・ 雲門禅師
「見るときには見えず暗昏々」
・ (どんなんが悟りか、という問いに対して・・)
「厨庫、三門」
・ 久松 真一
・ 心気症
・ 真実 如実