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今日は仏教に関連したお話が多く、中でも
「お釈迦さまも森田神経質である。
釈迦が6年もかかって開いた悟りを、みなさんはわずか数十日で達成される。
この講話がおわるまでに、みなさんは完全に悟りをひらかれる。」
と真実を堂々と語られる、院長先生ならではの語り口がすばらしかったです。
【 MEMO 】
・ 南阿弥陀仏。ただ事実のままに全面的におまかせする。
・ 安心を熱心に求める人は、不安を嫌う。人情として、不安よりは安心を好きだという、感情の事実。
それはそれで、そのままおいておく。
それが、頭をからっぽにする、といったおそまつな考えにとどまらず、
心の事実をまともに認めながら、問題をいっぺんに解決する道。
・ きめない真実
・ こたえが出てくる種類の問いではない。問いが出たらほっておく。
・ 他の方への十分気のきいたサービスを優先しているのがよい。
公共性があればあるほどよい。
・ 「自分・心・生きる意味」について、人との相談において解決策をはかってはならない。
・ 心の問題はひとりぼっち
・ 悟りをひらくとは時間のないもの。歴史のないもの。
・ それ以外の自分を求めない=悟り。
・ 「悟りを開いた」は大きな脱線。
・ 南無不安大菩薩。
【 黒板MEMO 】
・ 降魔成道(ごうまじょうどう)
日曜日の講話では、先生ご所持の掛け軸を、
毎回、ご披露してくださいます。
今日は、一休宗純「狂雲集」からの、一作品にお目にかかることができました。
今日の講話は、「症状つきあい論」から、西洋を起源とする
一般療法と森田との根本的な違いについて。
西田幾多郎の弟子、久松真一教授がユングと対面し、
驚かせた、とのエピソードが とても印象的でした。
【 MEMO 】
・ 言葉にでてくる前の新鮮な事実
・ 症状つきあい論。真面目に実行する人がバカをみてしまう。
・ あらゆる悩みの瞬間的解決
・ 納得をやめればよい。自分について、こうだということをやめればよい。
自分について知らない。
・ わかる形におきかえる。その瞬間に脱線がはじまる。
・ 事実の方が先にあらわれている。
【 黒板MEMO 】
・ 風飧水宿無人記
第五橋辺二十年 (一休宗純)
・ 挑起大灯輝一点
鸞輿競誉法堂前
・ 不伝の妙道
※今日は音声が特に悪いので、音声記載対象の5記事にはカウントいたしません。よろしくお願いします。
言語道断、去来今ニ非ズ。
講話がされる作業室には、院長先生ご自身で彫られた、文字彫刻が数点飾られています。
修養時代、一番はじめに飛び込んできたのがこの彫刻で、
この言葉の真実を知ったときの、ハッとした驚きを今でもよく覚えています。
「言葉が真の道を遠ざけている。過去と未来は今にはない。」
今日は、現代の説明的森田の話から、「言語道断」と神経症のなりたちについて、
お話がありました。
【 MEMO 】
・ 「~こと」 で 真実が台無しになる。
・ 早くわからそうと、ヒントのようなものを持ち出す。かえってわかりにくい。
・ 「こういうのがほんとうではないですか?」→考え
・ 心は流動的。役にたたない。
・ 「ただそれだけ」
・ 悩みごとというのは、言葉を使ってあるストーリができあがっている。
そのストーリーを組み立てているのが、ことばと論理。
・ 「ことばと論理を用いない精神生活」においては、真実と真実でないものさえ区別がない。
・ 小宇宙
【 黒板MEMO 】
・ 「胡蘆」 (ころ)
・ 趙州 (ちょうしゅう)
・ 「青苔未闊時如何?」
先日、大学院生が卒業論文を書くために、院長先生を訪問されたそうです。
「作業(動作)なくして、森田は成り立たないのでは。寝たきりの人には、適用できないのでは。」
との質問を切り口に、今日の講話が展開していきました。
今日の講話の中で、パニックの語源をはじめて知りました。
ギリシャ神話に出てくる、「森の神 パン」・・。
講話の中に出てくる、院長先生の豊かな知識に出会えるのも
講話を聴く楽しみであります◎
パニックの語源、ならびに パニックになったら森田ではどう教えるか、
詳しくは、講話の中で、どうぞ◎
【 MEMO 】
・ 一切答えを出さないで、言葉を足さないで、生活に手を出していることが治ることの実際。
・ どうしたらこの不安を明日まで長引かせてやれるだろうか。本気で考えてみる。
・ 外のことに応じて対応していれば、神経症どころではない。
・ 自分をあらわすものなど何もない。
【 黒板MEMO 】
・ 心の自律性
・ 三聖恵然(さんしょう えねん)
仰山恵寂(きょうざん えじゃく)
昨日、2月21日は院長先生の
お誕生日であったそうで。
講話の中で、修養生の方に対するお礼の言葉がありました。
「ことばによらない修養生活」の中での、あたたかな思いやりに触れさせてもらい
幸せな気持ちになりました。
今日は、とある新刊 「なぜ、生きる」を話題に、講話が展開していきました。
院長先生の真実をとらえた適切な表現に、ユーモラスを感じて、おもわずふきだしてしまいます。
【 MEMO 】
・ 何ものでもない。何かではない。わからないものでもない。
・ 反省とは行動上のこと。
・ 我、日に三度省みる→三省会
・ 手段なるものは心の中にあってはならない
・ 手段の目的化
・ 風なきに波をおこす
・ 熱殺されている
・ 自然界に通じる生き生きとしたもの
【 黒板MEMO 】
・ 「非事実非真也」 (森田正馬)
・ 「寒暑到来す、如何が回避せん?」 (僧)
「須らく無寒暑の処に向かって去るべし」 (洞山禅師)
「如何なるか(是)無寒暑の処?」 (僧)
「寒時には闍梨を寒殺し、熱時には闍梨を熱殺せよ」 (洞山禅師)
・ 浄土門 (浄土宗、浄土真宗)
易行道
修道門 (禅宗)
難行苦行